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RITSUMEIKAN UNIVERSITY RUGBY FOOTBALL CLUB

立命館大学
体育会ラグビー部

ラストイヤーにかける想い-末煌世-

2026/08/10

小学2年生の時、訳もわからず父にラグビー場に連れて行かれてぬるっと始まった僕のラグビー人生も残すところ僅かとなりました。

僕も今までのことを思い返しながら書くので、お付き合いください。

 

ラグビーを始めたばかりの小学生の時は土のグラウンドで転がされて、ラックで踏まれながら、「このラックが終わったら辞めて帰ろう」とかずっと考えていました。

中学に上がると、周りより成長がかなり早く体が大きかったので、パスなんて考えず突っ込むだけのラグビーを楽しむようになりました。この時にもう少しパスしていれば今もうちょっとハンドリングがうまかったかもしれません。中学のスクールは監督が本当に厳しく、天理高校と同じような練習をしていて、毎日半分気絶して、走りながらゲロを吐いてまた走るみたいなことをしていました。それでも3年生の時に、奈良スクール史上初めて天理中学を下して県大会で優勝した時は本当に嬉しかったです。初めて仲間と一緒に努力して結果に繋がる経験をして、ラグビーがとても好きになりました。その翌日、監督から「調子に乗るな」という理不尽な理由で2時間坂道ダッシュと永遠のランパスをさせられ、チームメイトの1人が酸欠で救急車で運ばれたので、ラグビーがあまり好きじゃなくなりました。

 

高校では周りは初心者ばかりで、1年生からチームを引っ張って頑張りました。楽しい3年間でしたが、不完全燃焼感は否めず、大学でもラグビーを続けることになります。今年のラストイヤーでは辞めるか悩んでいた人がとても多いですね。ここまでだと体感7割くらいの同期が辞めようとしていて驚きました。僕はというと、意外にも大学では辞めるか悩んだことは一度もありません。1年の頃、唯一の高校からの同期が辞め、仲の良い久野も「俺も辞めよかな」とか言い出していましたが、僕の中では楽しさが勝ってました。

戦術も何もなく、個人プレーだけの世界だった弱小校からいきなり大学ラグビーの世界に入ると、もちろん全くついていけず迷惑をかけました。みんなは真面目でいいやつなのでそこで辞めるか悩んでいたのだと思います。僕はこんなやつなのでついていけない劣等感や迷惑をかける申し訳なさよりも、Dチームだろうと毎日新しいことを学べることがとても楽しかったです。その甲斐あって、1年生の秋にはじめてJrの試合に出させていただきました。

(4回生・末煌世)

 

そのあたりから、1ヶ月ごとくらいにスコッドが入れ替わる東との熱いポジション争いが始まりました。

「末」と「東」は字がとても似ていて、メンバーボードに近寄るまでどちらが上かわからないので毎日ドキドキでした。しかし2年生の時、僕がポジションを変えたことでその戦いは終わりを迎えました。元HCの小寺さんに面談で「スローが下手すぎて辛いです」と相談したところ「プロップをやれ」と言われ、最初は「逃げみたいな理由でプロップに行くのはダメじゃないか?」と思っていましたが、小寺さんの「スローのせいでラグビー楽しくなくなったら本末転倒やろ!」という言葉で自分の中で何かが吹っ切れてプロップに行く決断をしました。

これにより、令和の桜木と流川と呼ばれた終生のライバル、末と東が同じ試合に出るという激アツ展開が実現しました。今ではスロー関係なく、プロップに行って良かったと思っています。

(4回生・東修吾、末煌世)

 

偉そうなことを言える立場ではありませんが、後輩に伝えられることがあるとすればこの経験から学んだ「時には逃げて最適なところを探すのも大事」ということです。自分に明らかに適性がないのに闇雲に頑張っても、自分のためにもチームのためにもなりません。頑張りながらも「この頑張り方は合ってるか?」という見方は大事かなーと思います。

(4回生・東修吾、橋本凌、末煌世、古賀琉資、近藤四海、鍋島孝碩、久野淳也、岩﨑達也)

 

長くなりましたが、最後にお父さんお母さん、めっちゃ高い学費のうえに部活までさせてくれて本当にありがとうございました。飯代も家族の半分くらい僕だったと思います。14年くらい続けてきましたが泣いても笑っても僕のラグビーは残り半年もありません。最後の瞬間まで全力で楽しむので、もう少しだけ見といたってください。

(4回生・末煌世、久野淳也)

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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