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RITSUMEIKAN UNIVERSITY RUGBY FOOTBALL CLUB

立命館大学
体育会ラグビー部

ラストイヤーにかける想い-幅太陽-

2026/08/13

こんにちは。お世話になっております。幅太陽です。このたびは、このような機会を設けていただき、誠にありがとうございます。

僕の中学校にはサッカー部がなく、その代わりにラグビー部が創設されたことをきっかけに中学生で楕円球デビューを果たしました。当時はBKでFBをやっていました。DFラインから抜けてきた相手を、最後の砦としてタックルで止めることは責任感と勇気が必要ですが、当時の自分はそれをすごく楽しんでいた記憶があります。それが現在のFLに繋がっているかもしれません。

中学時代は同期にも恵まれ大会で準優勝したり、全国の舞台を経験したりすることが出来ました。高校はいわゆる文武両道とやらを目指し、推薦を見送って、公立高校に進学しました。おかげで本校に入学できました。

 

ここまでの大学生活3年半で、一番苦しかったのは間違いなく1回生の時でした。1年間怪我人生活でした。

僕らの代の最初の試合はvs立命OBでした。その試合で急性のコンパートメント症候群なる傷害を発症させてしまいました。試合中は軽い捻挫くらいに思っていましたが、試合後家に帰ってから明らかに左足が痺れ始め痛みも伴うようになりました。明らかに異常だと感じ、初めて自分で救急車を呼びました。手術する前は歴代自分が経験してきた痛みの中でダントツの痛さでした。普通に泣きました。やばかったです。最悪の誕生日でした。手術がもう少し遅れていたら片足欠損レベルでした。手術は無事終わり、術後は痛みが全くなくなりましたが、症状として左足の神経が圧迫されたため、膝下から足先までが麻痺して動かせなくなってしまいました。

(4回生・幅太陽)

 

当初は復帰というよりは、漠然とまず足を動かせるようにリハビリに取り組んでいました。最初の一週間はゆっくり歩くことは出来ましたが、普段通り、歩こうとしただけで捻挫していました。

それから部活に戻りましたが、動かない足とにらめっこする日々が続きました。そしてある日、足首が動くようになってきました。あれ、動くじゃんと思いました。感動です。それから寒くなってきたころには足趾も動くようになり、なに不自由なく運動もできるようになりました。当時の松本さんの目からは現在のグラウンドで動き回る僕のことは想像できなかったと思います。しかも復帰させる気はないと考えていたと思います。これに関しては名古屋の病院まで来てくれた松本さんや高見澤さん、手術を行ってくれたお医者さん、何より両親に大感謝です。この想いを無碍にしないためにも「4年間やり切りたい」と強く考えるようになりました。この考えは今も変わりません。

(4回生・幅太陽、仲山慧一)

 

あの時の経験に比べれば、今はどのようなことにも少し余裕を持って向き合える気がします。社会人になる前にこの経験ができたことは、自分にとって大きな財産になりました。

もちろん、長期OFF明けなどどうしても練習に気が乗らない日もありました。それでも同期と話しながらご飯を食べ終わる頃には、不思議と憂鬱な気持ちが消えていました。何気ない時間に助けられました。ありがとう。

(4回生・久保田慧、幅太陽、末煌世、西村長、三浦遼太郎、鍋島孝碩)

 

ラグビーでもそれ以外でもこの3年半で本当に様々な経験をさせてもらいました。その全てを糧にこれからも気張っていきます。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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