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RITSUMEIKAN UNIVERSITY RUGBY FOOTBALL CLUB

立命館大学
体育会ラグビー部

ラストイヤーにかける想い-𠮷川大智-

2026/09/09

みんなのラストイヤーを読みながら、同期のみんなの熱い思いや考えを知ることができる楽しさがある一方で、もうこれを書く時が来てしまったんやなという寂しさもあり、複雑な気持ちになっています。

何から書こうかとても迷ったので、僕のラグビーとの出会いから書いていこうと思います。
頭が悪いことで知られているので、文章が読みにくいかもしれませんが、最後まで読んでもらえたら嬉しいです。

 

僕は中学校に入るまで、ラグビーをほとんど知りませんでした。そんな僕がラグビーを始めたきっかけは、当時の顧問だった東先生に「お前はラグビーをするために生まれてきてん」と言われたことでした。今振り返っても、ラグビーを始めるきっかけをくれた東先生には感謝しかありません。
中学2年生になって、タックルで相手をひっくり返す楽しさを知り、ラグビーにどんどんハマっていきました。しかし、オール大阪で関西大会の決勝に出場した際、自信を持っていたタックルを何度も外してしまい、自信を大きく失いました。
この頃が、人生で一番ラグビーが嫌いだったと思います。

高校進学の際には大阪桐蔭と関大北陽で悩みました。そんな中、関大北陽の梶村先生が何度も中学の練習に来てくださり、「君が首を縦に振ってくれるまで来れる日は毎日来る」と言ってくれました。
ほんまにやばい人やと思ったんですが、本当に来てくれたこと、自分もバックローとして挑戦したいという思い、そして強いところを倒して全国に出たいという気持ちから、関大北陽に進学することを決めました。ここまで誘ってくださった梶村先生にも感謝しかありません。

高校では、失った自信を取り戻すため、とにかくタックルに向き合いました。先輩とフルコンをしたり、タックルについて研究したり、自分にできることをたくさんやりました。その結果、タックルが上達し、少しずつ自信を取り戻すことができ、1年生から試合にも出させてもらいました。
しかし、3年間で一度も花園に出場することはできず、悔しさの残る高校生活となりました。
中学高校をがっつり振り返ってしまうと死ぬほど長くなりそうなので、短めにして大学に移ります。

 

この経験から、高校では達成できなかった強いところを倒して選手権に出るという思いが強くなり、立命館大学へ進学しました。今振り返ると、1・2回生の頃はチームのことなど何も考えず、ただ自分が試合に出ることしか考えていませんでした。負けることが嫌いなので、負けたら「なんで負けるねん」とは思っていましたが、周りに何か言うわけでも、自分の行動を変えるわけでもありませんでした。1回生から試合に出させてもらっていたにもかかわらず、チームにとってプラスの影響を全く与えられていなかったと思います。国立や選手権というチームの目標についても、深く考えずにただラグビーをしていました。

そんな自分が変わらないといけないと思うようになったのは、3回生の時でした。島さんが主将として死ぬほど悩み、苦しんでいる姿を見て、自分はほんまになんもしてへんなと思うようになりました。周りに流され、特に意見も持たずに過ごしていることが良くないこと、そしてチームを勝たせるために何をするべきなのか、勝つことの難しさを考えさせられました。

ですが、同時に勝つことの楽しさも教えて貰いました。去年の春シーズンに優勝した時は死ぬほど嬉しく、勝つチームってこんなに心地いいんやと感じました。その経験から、もっと勝ちたいという気持ちが強くなりました。
しかし、秋シーズンは初戦の関学戦から負けが続き、気づけば入れ替え戦まで行くことになりました。全試合に出させてもらった身として、仲良くさせてもらっていた一つ上の先輩たちを入れ替え戦にまで行かせてしまったという気持ちが強く、最後の同志社戦が終わった時は本当に悔しかったです。あの時の悔しさは、今でも忘れていません。

(4回生・吉川大智、2026年卒・島正輝、3回生・田中京也)

 

入れ替え戦が終わり、自分たちの代になって幹部を決める時期になりました。正直、最初は自分がキャプテンを務めることになるとは思っていませんでした。話すことが得意なわけでもなく、プレーでしかチームを引っ張れないと思っていたからです。それでも、周りから「結局プレーで引っ張ることも大事やろ」と言ってもらえたこと、前年の悔しさ、そして自分は何のために立命館に来たのかを改めて考えたことで、キャプテンをやろうと決めました。また、話し合いの中で誰がキャプテンでもみんなで支えると言ってくれたことも大きかったです。

キャプテンを務める上で、僕はラグビーを楽しめるチームを作りたいと思いました。ラグビーそのものを楽しめなければ、自分から練習したい、自主練したいという熱量は生まれないと思ったからです。
ただ、スポーツは勝たないと本当の意味では楽しくないと思っています。だからこそ、ラグビーを楽しんで、そして勝つチームを作りたいと思いました。”どんな状況でも自分たちのラグビーをして、苦しい状況さえ楽しみながら最後は勝ち切れる”そんなチームにしたいと心に決めました。

しかし、最初は何をすればいいのか全く分かりませんでした。ちゃんとチームを引っ張れているのか、あの時もっと厳しく言うべきだったんじゃないかと後悔することが今でも結構頻繁にあります。
また、新チームが始まって2ヶ月で肩の状態が悪化し、手術をするかどうかを決めなければならなくなりました。主将が半年もチームを離れていいのか、今手術してシーズンにベストな状態で復帰ができるのか、すごく悩みました。
ですが、名取や三浦、他にも色んな人から「絶対やれ。早く治してシーズン完璧に戻ってこい!」と言ってもらい、手術を決断しました。

そこからは、ラグビーをしていない自分が周りに厳しく言ってしまっていいのか、本当に復帰できるのか、こんな自分が主将でいいのかと、不安になる日々が続きました。また、春シーズンも負けが続き、より苦しい時期が続きました。
それでも、悩んでいても仕方ないと思い、その時に自分ができることを死ぬ気でやろうと吹っ切れました。なかばさんと何度も話してチームの方向性、やりたいことを決めたり、個人個人に練習中こうした方がいいんちゃうと伝えたり、自分なりにチームと向き合い続けました。
今までの期間、チームにめっちゃ迷惑かけたし、キャプテンとして全然何もできていないし、チームに何も残せていないと思います。けど、僕にできるのは、初めからディフェンスでチームを盛り上げること、プレーでチームを勝たせることだけだと思っています。だからこそ、ここからは誰よりも体を張って、チームを勝たせるために全部出し切ります。
そして、必ずみんなを選手権に連れていきます。

両親へ

今までラグビーを続けてこられたのは、ほぼ全試合応援に来てくれたり、なんかあったらすぐ「無理しーな」と言うて心配してくれたり、実家に帰ったら美味しいご飯を出してくれる両親のおかげです。普段は恥ずかしいくてあんまり言わんけど、ほんまにありがとう。
また、死ぬほど応援してくれるおじ、おばあちゃん、親戚のおっちゃんおばちゃん、実家の近所の人達、色んな人が応援してくれるから、今までラグビーを続けてこられたと思っています。
その応援してくれる人達を喜ばせることが、自分の一番のラグビーのモチベーションになってると思います。
応援してくれてる恩返しは、選手権に出ること、勝ちをプレゼントすることやと思ってるから、めっちゃ勝ちます。
これからも秋シーズン、選手権、その先もまだまだラグビー続けるから、いっぱい応援お願いします!

 

後輩へ

全然頼りないキャプテンやったと思うけど、この一年ついてきてくれてありがとう。
学年関係なくチームが良くなるために意見くれたり、声掛けしてくれたり、ほんまに色々助かったし、みんなのおかげでよりスローガンを体現できたと思ってる。生意気やけど元気な後輩たちがおってくれたのもめっちゃ心強かった
ここから残り4ヶ月ぐらいしかないけど、最後まで死ぬ気でチーム引っ張るから、もうちょっとだけついてきてほしい。

 

同期へ

僕がこの4年間ラグビーを楽しくやってこれたのは、癖が強くておもろい同期がいたからやし、今年キャプテンとしてやっていけてるのも、どんなけきつい練習でも、オフを削っても文句を言いながらも結局死ぬほど頑張ってくれるみんながいてくれたからでしかないです。ほんまにありがとう。
残り4ヶ月どんな状況でも全力でやったる体現して絶対選手権行って笑って引退しよ。

卒業してからも三浦のタッチフットやろーで集まりましょう!

 

最後に、いつも立命館大学ラグビー部を応援してくださっている皆様、OBOGのみなさんへ

日々の練習や試合ができることは、決して自分たちだけの力ではありません。試合会場まで足を運んで応援してくださったり、遠くからでも結果を気にかけてくださったり、様々な形で支えてくださる皆様の存在があってこそ、僕たちはラグビーに集中して取り組めています。

普段、僕たちが当たり前のようにラグビーをできていることも、当たり前ではないんだと、キャプテンになってより強く感じるようになりました。
応援してくださる皆様に、立命を応援していてよかったと思ってもらえるように、どんな状況でも全力を出し続け、必ず選手権に出場します。

これからも応援よろしくお願いします!

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